お花見
2010年4月 3日 さか | 関連記事を見る | コメントを見る(0)
毎年恒例のお花見をしました。
近頃の天気はあまり良くないので心配でしたが今日の天気は晴れ
大変いいお花見日和となりました。
満開の桜とはいきませんでしたが8分・9分咲きの桜に囲まれながら
いつもの仲間と楽しく花見ができました。
また来年も綺麗な桜の木の下でお花見したいですね。
小豆餅と銭取
2010年1月17日 やま | 関連記事を見る | コメントを見る(0)
小判ちゃんの語るむかし話し
きょうは徳川家康のおはなし、「小豆餅と銭取」です。
今は、むかし。
これもまた三方原合戦で、家康がまけたときのものがたりです。
時は元亀三年(1572)の十二月、徳川家康は三方原で、
甲斐の武田信玄と戦いました。
このとき、武田の兵は三万人、 家康の兵はわずか一万一千人といわれます。
武田ぜいに追われた家康は、 「なに、いくさはまけるが勝ちだ。」 と、
浜松城さして逃げだしました。
ところが家康は、とちゅうでもうすっかりおなかがへってしまい、
あるく力もなくなりました。
ふとかたわらを見ると、道ばたの小さい茶店で おばあさんが
あずきもちを売っています。 家康はもうたまらなくなって、
「おい、もちをくれ、いくらだ。」 というが早いか、もう口の中へ二つ三つ。
おばあさんはおどろいて、 「一つ、三文じゃ。」
家康はおかまいなく、また三つ四つ口にほうばりました。
すると、そのとき、 「わあっ、わあっ。」 と武田ぜいの声です。
家康はあわててにげだしました。
おばあさんはびっくり、あとを追いかけて、 「まて、やい、ただぐいはゆるさん。」 と、
家康にくってかかると、「や、これはすまん。」 と大いそぎで銭をはらったといいます。
このとき、あずきもちを食べたところが「小豆餅」、
銭を払ったところが「銭取」といまも地名として残っています。
「おじいさんが語る昔ばなし 浜松の伝説」 より
小豆餅の地名は今も残っていますが、
銭取はバスの停留所の名前として残っているのみです。
「小豆餅」と「銭取」というお菓子もあります。
んのん芋 安納いも 安納芋 五郎島 ムラサキ芋 むらさき芋 紫芋 あんのう芋 蜜姫 みつ姫
